有吉弘行(ありよしひろゆき)さんは、1990年代の猿岩石でのブレイク、その後の長い低迷期を経て、2010年代に「毒舌」「あだ名付け」などで再ブレイクを果たし、現在ではテレビ界を代表するMCの一人として活躍しているお笑いタレントです。
1. 創成期:猿岩石としてのデビューと大ブレイク(1990年代)
コンビ結成: 1990年代初頭、広島県出身の有吉弘行と森脇和成がコンビ「猿岩石」を結成します。太田プロダクションに所属し、主に漫才やコントで活動していました。
『進め!電波少年』でのブレイク(1996年):
日本テレビ系の人気バラエティ番組**『進め!電波少年』**の企画「ユーラシア大陸横断ヒッチハイク」に挑戦し、一躍国民的な人気者となります。
無一文で香港からロンドンまでヒッチハイクで旅する過酷な企画の様子が連日放送され、**「一世一代のドキュメンタリースター」**として社会現象を巻き起こしました。
CDデビューと絶頂期:
1996年、秋元康プロデュースによるCD「白い雲のように」をリリースし、大ヒットを記録。歌手としても紅白歌合戦に出場するなど、絶頂期を迎えました。
2. 低迷期と「どん底」の時代(2000年代前半)
人気の一巡と活動の縮小: ヒッチハイクブームが沈静化すると、猿岩石の人気は急激に下降します。テレビ出演が激減し、一時は年収がゼロに近くなるほどの**「どん底」**を経験します。
コンビ解散(2004年): 2004年、猿岩石を解散し、有吉弘行はピン芸人として活動を継続します。この低迷期は長く、生活苦や精神的な困難を経験したことが、後の彼の芸風に大きな影響を与えることになります。
3. 再ブレイクと「毒舌」キャラの確立(2000年代後半)
「おしゃべりクソ野郎」での復活:
2007年頃から、テレビ番組で共演したお笑い芸人やタレントに対し、遠慮のない毒舌や、特徴を捉えた**あだ名(ニックネーム)**を付けるスタイルで再び注目を集め始めます。
特にお笑い芸人品川祐に付けたあだ名**「おしゃべりクソ野郎」**が世間に広く知られ、再ブレイクのきっかけとなりました。
毒舌芸人としての地位確立:
この毒舌やあだ名付けのスタイルが、多くのバラエティ番組で求められるようになり、彼の存在感は急速に増しました。
4. MCとしての地位確立と現在(2010年代以降)
冠番組の増加:
2010年代に入ると、ただの毒舌芸人としてだけでなく、企画の進行能力や芸人としての信頼性が評価され、次々と冠番組を持つようになります。
**『有吉反省会』『有吉弘行のダレトク!?』**など、彼がMCを務める番組がゴールデンタイムに進出し、安定した視聴率を記録しました。
「名MC」としての評価:
相手の魅力を引き出し、企画を面白く回すMCとしての手腕が高く評価され、2020年代には、タモリさん、ダウンタウン、マツコ・デラックスさんらと並ぶ、テレビ界のトップMCの一人としての地位を確立しました。
私生活の変化:
2021年4月2日、長年共演していたフリーアナウンサーの夏目三久さんとの結婚を発表し、大きな話題となりました。
現在の活動:
現在は、**『有吉の壁』『櫻井・有吉THE夜会』など多くの人気番組でMCを務めるほか、長寿ラジオ番組『有吉弘行のSUNDAY NIGHT DREAMER』**も継続し、多方面で活躍しています。
有吉弘行さんの経歴は、**「一度どん底まで落ちた人間が、自らのスタイルを確立して復活する」**という、極めて稀有なサクセスストーリーとして知られています。